本手術の洗練状況と将来展望

 本手術は、ひとつの孔(小切開)から、気腹をせずに、腹膜を温存して、内視鏡下に低侵襲を達成するという概念ですが、言葉を変えると、可能な限りスクを回避して、費用対効果の良い、患者さんと社会に優しい低侵襲を目指す手術とも言えます。

 施設によっては、小切開は硬貨あるいは硬貨に近いサイズに達しており、このような先端型をガスレス・シングルポート手術と呼んでいます。

 また将来の展望として、本手術を基盤にした、人とAI手術ロボットが協働する脱リスク・低侵襲・準自動手術を想定しています。

 詳細は下記の手術書に記載してあります。以下に、その要点(17点)をイラストで示します。


  • Gasless Single-Port RoboSurgeon Surgery in Urology(英文手術書)
    2015年

  • ガスレス・シングルポート
    泌尿器手術−入門編
    2016年

  • ガスレス・シングルポート
    泌尿器手術−基盤・上級編
    2018年

実際には、患者さんの状況などに合わせて、創の大きさや機器などは、適宜選択されます。

ガスレス・シングルポート手術(先端型ミニマム創内視鏡下手術)の17要点

1.単孔(シングルポート)から、気腹をせずに(ガスレス)、腹膜を温存して、内視鏡下に行う手術です。

 主に後腹膜領域を対象としているので、後腹膜アプローチで後腹膜鏡下に行ないます。ここで述べている単孔(シングルポート)とは、基本的に硬貨あるいは硬貨に近いサイズの小孔(径2〜4p台)を指していますが、状況に合わせて大きくしたり、対象臓器が取り出せるように延長したりします。「安全」が創サイズ設定の指標になります。従来のミニマム創内視鏡下手術(保険名:腹腔鏡下小切開手術)の先端型に当たります。


2.リスク因子を回避した、費用対効果の良い低侵襲手術という条件設定です。

上記の条件を、特別な場合を除いて、ほとんどの患者さんで満たすことができます。「ない」(下線)はリスク因子の回避です。気腹と腹膜損傷のリスクに関しては本要点の後に記載しています。


3.本手術は、創(切開)を単一のまま限界まで縮小するという概念です。

 いわゆる低侵襲手術は、一言でいえば、従来の開放手術の創(切開)を小さくする手術です。具体的な目標は、創のサイズと数を最小化することです。ガスレス・シングルポート手術は、”創を単一のまま限界まで縮小する”という概念であり、腹腔鏡手術やロボット支援手術(daVinci手術)は、基本的に”創を小さく分散する”という概念です。


4.後腹膜臓器へのアプローチを他の低侵襲手術と比較すると、下図のようです。基本的に、気腹と腹腔内操作は行ないません。

 気腹と経腹腔操作(腹膜切開)は多くの場合、どちらも同時に行われます。対象疾患によっては、気腹(後腹膜腔)をして経腹腔操作をしないこともあります。本手術では気腹も経腹腔操作もいずれも用いません。


5.腰部あるいは下腹部の2種の単孔で、基本的にすべての後腹膜臓器を手術します。整容を最重視する場合には、臍部の単孔を用いることもあります。

 基本的に、腰部と下腹部の2つの単孔で、ほぼ全ての後腹膜臓器(泌尿器科臓器)に対応します。腰部の単孔から上部の臓器(副腎、腎、腎盂、上部尿管)を手術し、下腹部の単孔から骨盤内臓器(下部尿管、膀胱、前立腺)を手術します。整容(傷が分からない)を最重視する場合には、臍部の単孔のみから後腹膜的に行うこともできます。


6.術式は定型化されており、手順に則って安全に行うことができます。すべての手術は、共通手順(術野の確保)と個別手順(対象ごとの操作)の2ステップで完了します。




7.安全を担保する利点が多いことが特徴です。

 安全は、手術の最重要課題とも言えます。本手術では、“術前、術中いつでも状況に合わせて創長をきめ細かく調整できること、緊急時には瞬時に開放手術に移行できること”、が安全の担保になります。また、緊急時に必須となる非気腹手技(加圧なしに、出血をコントロールする手技や術野を確保する手技)を本手術で習得することができます。また、気腹と経腹腔操作に関連したリスクを回避することができます。


8.術野は気腹ではなく、解剖学的剥離面を展開することで確保します。

 単孔から、気腹を使わず、生理的な境界(解剖学的剥離面)を展開していくことで、比較的容易に腹膜の外に広い術野を作ることができます。


9.新止血器具および鏡視下の適切な解剖学的操作で、気腹による止血効果を代替します。

 新しく登場した血管シーリングシステム、ソフト凝固、超音波凝固装置などは、シングルポート手術における出血の抑制に非常に有効であり、止血処置は一新されたとも言えます。


10.本手術ならではの、優れた特徴を持つ手術を行うことができます。

各手術の特徴となるキーワードを図の中に示しています。


11.費用対効果が良いことが特徴のひとつです。

患者、医師、社会のいずれにも経済的に低侵襲であることが望ましいと考えられます。


12.画像モニターは、状況に合わせて選択します。

3Dヘッドマウントディスプレイは多機能を持ち、本手術に非常に有用です。ただ、不可欠というわけではなく、通常型の2Dモニターあるいは3Dモニターでも行なうことができます。高精細化は通常型モニターで進んでおり(通常型3D対応4Kモニターなど)、状況に合わせて用いられます。


13.本手術とロボット支援手術は各々独自の特徴を持っており、互いの課題を補完できるとも言えます。

 両手術は独自の特徴を持っていますので、たとえばロボット支援手術が適応でない場合にはガスレス・シングルポート手術を選択するということもあります。両手術を習得することで、互いの特徴を良く理解することができ、先端的な幅広い対応力を身に着けることができるとも言えます。非気腹手技と気腹手技、経後腹膜手技と経腹膜手技、別の視点ではウエアラブル・ロボット形式(現在は原型)と遠隔ロボット形式を身に着けるとも言えます。


<将来展望>

14.将来展望の1. ウエアラブルな新機器で術者を高機能化するロボサージャン・システムの導入も、施設によっては進められています。

 ガスレス・シングルポート手術を、より容易に、安全に、精緻に行うために、ウエアラブルな機器を用いた術者の高機能化も進められています。遠隔手術であるda Vinci手術とは異なる、もうひとつのロボット化(wearable robotic system)と捉えており、ロボサージャン・システム (RoboSurgeon system) と名付けられています。現在のモデルは図のようですが、今後、各パートごとにさらなる高度化が進むものと期待されます。将来、手のパートはAI単孔ロボットになることも想像されます。


15.将来展望の2.ガスレス・シングルポート・ロボサージャン手術は、ガスレス・シングルポート手術をロボサージャン・システムで行う手術です。

 ガスレス・シングルポート手術をロボサージャン・システムで行う手術は、ガスレス・シングルポート・ロボサージャン手術と名付けられています。現在は、ロボサージャン・システムのうち、少なくとも3Dヘッドマウントディスプレイを用いた手術がこのように呼ばれています。各個人が専用のディスプレイを用いて、様々な情報を眼前に共有しながら手術操作を行なうことができます。


16.将来展望の3. 本手術の将来展望は、ガスレス・単孔・AIロボット・準自動手術です。

 将来は、術者の高機能化やAIロボットを組み込んだ「ガスレス・単孔・AIロボット・準自動手術」も想定されています。上図の2つの経路の利点を取り入れた準自動手術が期待されます。


17.将来展望の4.「低侵襲」の次にくる課題は、「脱リスク」という捉え方もあります。

 近年、手術は創の縮小(低侵襲化)を目指してきましたが、今後は様々なリスク因子を回避する脱リスクという方向性も考えられます。本手術は脱リスクを重視してきましたが、将来は術者に起因するリスクも(準)自動手術により回避されるものと想定されます。社会における車の自動化(脱ヒト)と電動化(脱CO2)という変化は、手術にも反映される可能性が考えられます。

リスク回避の注釈

気腹

 気腹は低侵襲手術において、広い術野を容易に確保し、かつ出血を抑制する方法として世界的に広く用いられています。一方、気腹を用いた場合、麻酔医は気腹 (加圧とCO2)による患者の変化に終始、細心の注意を払い、時期を失しない適切な対応に努めています。具体的には、呼吸、循環、腎、肝などの機能障害のリスク、高炭酸ガス血症のリスク、皮下気腫のリスクなどに配慮し、また極めて稀ではありますが、横隔膜損傷による気胸、肺塞栓(血栓)やガス塞栓などの重篤なリスクにも気を配っています。気腹とともに骨盤内手術で用いられる強い頭低位がもたらす呼吸・循環系、頭蓋内圧への負荷も考慮に入れています。

 低い気腹圧で行えば、一時的な機能低下があったとしも、ほとんど影響は残らないとされています。実際に術者は、低圧で行うことを心掛けています。ただ、呼吸、循環、腎など重要機能にすでに障害を持つ患者さんでは、もし気腹をせずに同様の結果が得られるのであれば、その方がより望ましいと考えられます。世界の多くの国が迎える超高齢社会では様々な機能障害を持つ患者さんの頻度が高くなりますが、とりわけ泌尿器科は高齢患者さんの比率が高い診療科です。

 気腹に使うCO2は様々な利点(血液に溶けやすい、呼気で排出される、不燃性である、血中濃度の測定が容易である)を持っていますが、“CO2ゼロ”は、領域を問わず世界の潮流にもなっています。

腹膜温存

気腹と腹膜切開は一緒に用いられることが多く、後腹膜臓器に到達するためには、通常2回腹膜を破る操作が行われます。腹膜損傷および腹腔内操作により、頻度は低いですが、術後の腸通過障害、腸閉塞、腸管の腹膜外脱出、鼠径ヘルニアなどのリスクを生じることになり、これらは術後長期を経てから発症することもあります。また低頻度ではありますが、腹腔内操作によって腸管損傷のリスクも生じます。手術の既往などで腹腔内に強い癒着のある患者さんも散見されます。後腹膜手術においては、可能であれば、腹腔内を操作しない(腹膜を温存する)術式がリスクの回避には望ましいであろうと考えられます。

各手術における現在の到達状況(実際には状況に合わせた調整が行われます)

副腎摘除と根治的腎摘除
  • 腎の摘出は多くの場合、かろうじて取り出せる単孔のみで行なうことができます。
  • 副腎摘除でも同様です。1円玉サイズの単孔から取り出されることもあります。
腎部分切除
  • 小径腎がんの多くでは、がんの位置にかかわらず、無阻血・無縫合で単孔から腎部分切除を行うことができます。
  • 臍部の単孔から後腹膜的に行っている施設もあります。
腎尿管全摘除
  • 腰部と下腹部の2つの孔(小切開)で行なうことができます。
  • 臍部の単孔から後腹膜的に行っている施設もあります。
  • 尿管下端部の処理は、3Dヘッドマウントディスプレイと2本の内視鏡で膀胱内外から精緻に行なうこともできます。
前立腺全摘除
  • 下腹部の小孔(硬貨あるいは硬貨に近いサイズ)から、後腹膜的に行うこともできます。
  • 出血は通常、献血量以下に抑えられ、輸血を必要とすることは極めて稀です。
  • 高リスク前立腺癌に対して、精緻な解剖学的拡大手術を行なっている施設もあります。
  • 鼠径ヘルニア防止術により術後の鼠径ヘルニアをほぼ回避することができます。
膀胱部分切除
  • 2本の内視鏡を使って、膀胱内外から同時にアプローチし、3Dヘッドマウントディスプレイで膀胱内外の3D画像を見ながら精緻な手技を行なうこともできます。
膀胱全摘除
  • 経腹腔操作なしに、単孔から膀胱・前立腺を遊離することも可能です(最後に、膀胱に癒着した腹膜を周囲から切離して、そのまま膀胱・前立腺・尿道を体外に摘出します)。
骨盤リンパ節郭清
  • 単孔から、リンパ節郭清を安全に、広汎に、十分に行うことができます。