学会創立のご挨拶
理事長 木原和徳
ミニマム創泌尿器内視鏡外科学会の創立に当たり、ご挨拶を申し上げます。 「患者さんにも社会にも良い低侵襲手術を、できるだけ多くの患者さんに」という思いは、患者さん、医師、社会、各々の共通の願いであると思われますが、本学会の設立はこの思いを拠り所としています。
手術は、数知れない先達の勇気と努力で確立されてきた、ラジカルではあるものの劇的な効果を生む治療法です。しかしながら、患者さんの体を傷つけて行うことから、薬物療法とは異なり、患者さんがその言葉を聴いただけで、不安や嫌悪感を多かれ少なかれ感じる治療法でもあります。手術に対する患者さんの願いは、突き詰めると、「できるだけ小さな傷で、痛くないこと」と言えるかと思います。もちろん、根治性など手術の質を損なわないことを前提にしています。手術をする医師も当初から、このことは百も承知でしたが、実現することはなかなか困難でした。名人と言われた先達は、開放手術の傷を可能な限り小さくして、その実現を試みましたが、「手指の挿入」と「無影灯の光」という制限のもとでは、傷の縮小にも限界があり、手技も客観的、普遍的にはなり得ませんでした。
患者さんの宿願は、内視鏡の発達に伴う腹腔鏡手術の登場で、現実のものになりました。腹腔鏡手術は瞬く間に欧米から世界に広がり、かつ泌尿器科臓器を含め、ほとんどの臓器が対象となりました。低侵襲手術への扉が開かれた後は、腹腔鏡手術の革新が欧米において連鎖反応のように進行しています。「立体視」と「多関節鉗子」を持つロボット手術、単一の小切開に全てのポートを集めるlaparoendoscopic single-site surgery (LESS)、ロボットとLESSとの統合手術、自然な孔を使った無傷の手術(natural orifice transluminal endoscopic surgery : NOTES)と短期間のうちに流れるように革新が進みました。見方によっては、「低侵襲」という課題自体の大枠は、ほとんどの泌尿器科臓器において、ほぼ達成された観もあります。
それでは、本学会の目的あるいは存在する意味は何かということになりますが、簡潔に申し上げれば、「CO2ガスを用いない」かつ「低いコスト」で[高いquality」の低侵襲手術を、選択肢のひとつとして開発、洗練、普及させることと言えるかと思います。上に述べた最近の革新の流れの中にある低侵襲手術はいずれも、3要素すなわち「内視鏡」、「CO2ガス」、「高いコスト(トロカーポートを通る高価な使い捨て器具や高価な機器)」を基本として持っており、本学会の目的は、「3要素の中から、低侵襲を保ちながら2要素を除き、前者では達成できない利点を持つ低侵襲手術を確立すること」と言い換えられるかと思われます。同等の低侵襲という条件のもとで、この2要素を除くことは、
患者さん | (ガスによる加圧およびCO2自体によるリスクの解消) |
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社会 | (トロカーポートを通る高価な使い捨て器具による高いコストの軽減・解消、高い機器の購入や維持による高いコストの解消) |
地球環境 | (健康を守る病院からのCO2排出削減) |
にとって一層有益と考えられます。残る内視鏡という要素は、立体視や革新的ナビゲーションを装備したシステムへとさらに発展し、将来にわたって低侵襲手術に不可欠な要素であり続けるものと思われます。
また、術者にとって、CO2ガスやトロカーポートを使わず、臓器を取り出す創を最大限に利用するミニマム創内視鏡下手術では、ミニマム創が立体視・俯瞰視を可能にし、創長の調節による難易度のフレキシブルさをもたらし、「手術の易習得性」および「高い安全性」を誘導します。創からの「鈎による術野の確保」という、腹腔鏡手術による事故や外傷など様々な状況において必須な手技も習得・継承することができます。また、2つの基本手術(根治的腎摘除、前立腺全摘除)から全ての開放手術の低侵襲化へと進む「包括的な低侵襲手術教育体系」も備えています。社会や環境を含め、広い意味での人の健康に貢献するポテンシャルを持つ低侵襲手術と言えるのではないかと思われます。
腹腔鏡手術が登場して約20年を経た現在でも、日本および世界の泌尿器科手術では、従来の開放手術を受けている患者さんが圧倒的多数を占めています。その大きな理由は、経済的負担と技術的リスク(習熟するまでのリスクを含む)であると言われています。この2つの問題点を軽減あるいは解消することが、現状を変え、世界のより多くの患者さんが貧富の差なく、安全に低侵襲手術を受けられる状況を作る鍵になるのではないかと思われます。本年、他の外科領域(消化器外科、肝胆膵外科、呼吸器外科、婦人科、小児外科、甲状腺外科、乳腺外科など)でも、思いを同じくする医師によって小切開・鏡視外科学会が設立され、今後、両学会が連携して活動していく機運も高まっています。低侵襲の大枠をほぼ達成した観のある世界の流れが、自動車産業と同様に、次の革新としてCO2レス、低コストに焦点を合わせ、この方向に向かう可能性は少なくないものと考えられます。本手術をプロトタイプとしたガスレス・ロボット手術の方向も想定されるように思われます。
このような状況から、新しい方向性を持つ低侵襲手術すなわちガスレス・低コスト・高いqualityの低侵襲手術を欧米に先駆けて確立し、社会に有益な選択肢として提供したいという考えが醸成され、この思いで医療関係者が集まって作られたのが本法人学会と言えるかと思います。すでに、本手術の公的な認知は、先進医療から保険収載へと着実に進んでいます。地球温暖化への対応が緊急課題として全世界的に叫ばれ、経済の衰退が日本を含む多数の国々で予測され、高齢化社会が到来し、医療経済の悪化が引き起こされている現在こそ、「CO2ガスを用いない」かつ「低いコスト」で「高いquality」を持つ低侵襲手術の開発および洗練、普及が、大きな貢献をなしうる時ではないかと思われます。
このような思いを基盤に、本学会は創立されました。
2008年11月吉日